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東日本大震災 被災地支援情報 
スタッフ現地レポート vol.24 
河口がなくなった七北田川(仙台市)
9/13UP
 「七北田(ななきた)川」は仙台市内を流れ、仙台湾に注ぐ二級河川です。周辺の小中学校の校歌に登場します。
 河口には珍しい水鳥や植物が生息することで知られる「蒲生(がもう)干潟」があります。国設仙台海浜鳥獣保護区の特別保護地区に指定されていました。シギやチドリ、サギなどの野鳥やさまざまな植物郡が見られ、自然観察会が行われるなど仙台市民に親しまれてきた場所です。

【震災前】
撮影日:2009年9月5日 
干潟からほど近い
松林の中には高砂神社
日本で二番目に低い山「日和山」から干潟を一望。
裏手には龍神が祀られていました。
蒲生干潟には美しい葦原が
ありました。
撮影日:2008年7月26日 
七北田川が海へと注ぐ河口を見ることができ、また干潟の多様な生物ににも親しめるため、自然観察や水辺の調査を行う場所としても親しまれてきました。
 写真提供:財団法人みやぎ・環境とくらし・ネットワーク(MELON)

【震災後】
撮影日:2011年9月11日
第14回日本水環境学会シンポジウム現地見学会にて
 
赤い点線部分は、上記2008年7月26日写真(左)で観察者が歩いていた場所です。 
地図:国土地理院「10万分1浸水範囲概況図」より  

 仙台湾へと注いでいたはずの七北田川は、堆積した砂により「河口」がなくなっていました。現在は貞山(ていざん)運河を通って名取川に合流しています。
 
 ここに来たら誰もが必ず登る、標高6.05m・登山道は14段の階段という日本で二番目に低い山「日和山」は松林とともに姿を消していました。
 以前ここを訪れたことのある人は、震災前の風景と目の前の風景がつながりません。
「日和山」はどこにあったの?」
「…今私達はどこに立っているの?」
「あれが七北田川??」
 その呆然とした声は、以前の姿を知らない参加者にも重く響いた様子でした。
 
 大津波により、太平洋と潟湖を隔てていた砂浜は数か所が大規模に分断されました。
 外洋に面した砂浜になってしまうのではないかと危惧されていましたが、この半年の間に少しずつ地形が変化し、徐々に砂浜はつながってきたそう。6月には砂浜がつながり、海水が越流してくることはなくなりました。
 海浜植物群のほとんどが失われたと思われていた干潟に、今では小面積ながら葦の生育が見られ、ゴカイ類やカニ類の生息も確認されました。現状が維持され、生物の生育場所が確保されれば、少しずつ元の姿へと戻るのではないかと関係者は胸を膨らませています。

ぽつぽつと残った松 景色は一変していました ほんの少し、葦が回復!
神社があった場所でしょうか。 根元からなくなった電柱 たくましく花が咲いていました。
※貞山運河
 仙台藩初代藩主伊達政宗が、松島湾と阿武隈川を結ぶ運河として建設を命じ、明治中期に完成しました。全長およそ49km。かつては年貢米や木材を積んだ船が盛んに行き交い、現在ではマツ林の中にサイクリングロードが整備され、多くの人に利用されていました。
 現在は七北田川の水が運河を通って名取川へと注いでいるため、震災前と比べて水位が高くなっています。
 
 Report/Suzuki

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